In Japanese(EUC).

第一夜 「iHamster」前夜


 ハムスターの世界は停滞していた。

 世界的にハムスターは普及し、人々は幸せになったかのようだった。
 大小さまざまなブリーダーから次々とハムスターが供給されていた。競争は激しくとても安価になった。多様な品種の中から好みのものを選択する事が出来た。

 しかし実際は、互いに利害の一致する巨大な品種開発改良会社と種ハム生産会社の2社が市場を掌握していた。ほとんどのブリーダーはその2社から種ハムの供給を受けてブリーディングを行っていたのだ。

 一見多様に見える、個性豊かなハムスターの種類も、実は遺伝的揺らぎ‥‥毛色や体型、性格のわずかな違いを「個性」と称して喧伝しているに過ぎなかった。遠目に離れれば区別を付けるのは難しい。目に付くのは、供給を掌握している2社のハムスターの共通の特徴である。

 その意味では、競争はないも同然である。毛色に関して言えば、グレーやブラウン、ホワイト、ベージュ、まれにブラックといった俗に「ビジネスライク」と言われるものがほとんどを占めている。まれに珍しい毛色が現れることもあったが、大抵は価格が高く、数も少ない。マニア層にもてはやされることはあっても、一般層が興味を持つ事はまず無かった。

 ハムスターで最も重要視されたのは、いわゆる互換性である。つまりどのハムスターでも同じような飼育ノウハウが適用出来る事と、どのハムスター同士でも交配、繁殖できるということである。不思議なのは、後者が繁殖を行うつもりのない一般の飼育者であってもなぜか重視されたことである。

 人々はそれが当たり前であると信じて疑わなかった。

(つづく)


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1999-sep-14