能「千手 郢曲ノ舞」

2010年5月13日 観世能楽堂
シテ(千手前) 梅若紀長 ツレ(平重衡) 梅若万三郎 ワキ(狩野介宗茂) 福王知登
大 柿原弘和 小 観世新九郎 笛 藤田朝太郎

 一月に笛の稽古してもらったばかりの小書。能の進行に注意しながら観た。
小書になって常と替わるところは、シテの出の次第、下歌、上歌がなくなり、クリの前、シテの”朗詠してぞ奏でける”の後イロエカカリの舞となる。クリ、サシ、クセを抜いて、シテのワカ”一樹の陰や一河の水”へ飛ぶ。と言ったところ。

 ツレとして登場する平重衡は清盛の五男。清盛の命により南都焼討を行って東大寺大仏や興福寺を焼き払ったことで知られる。一ノ谷の戦いで生け捕りにされ鎌倉へ送られたが、南都衆徒の強い要望によって引き渡され処刑されている。

 能「千手」は、重衡と千手の鎌倉での一夜の物語である。
鎌倉に送られた重衡は、狩野介宗茂の館に預けられている。ある雨の宵、頼朝に派遣された千手前が琵琶、琴を持って館を訪れる。頼朝に願い出ていた出家の件も朝敵であるがため却下され悲嘆くれる重衡を慰めるため千手は朗詠を謡い舞う。重衡も興に乗り、琵琶を弾いて一夜興ずる。やがて夜が明くると重衡は都に送り返され、千手は見送るのみであった。

 この能の主題は、平家の公達と鎌倉の娘の一夜の静かな宴の様である。敢えて別れを入れないのは、千手が頼朝の命によって重衡の相手をしているからである。自発的でない以上、別れに際しての感情の高ぶりは個人に対する情というより、ある意味お役目を果たした自身の感情と別れの哀惜によるものと考える。

 能の小書を一夜の宴の様という観点から見てみると、シテの登場の仕方(次第、下歌、上歌なし)は、シテの説明的な部分を省き、クリ、サシ、クセ抜きはツレ(重衡)の説明を省いて宴の様子しかないということがわかる。
さらに、今日の演出はシテの朗詠から舞に移った後、ツレが立って一緒に舞うという宴の様をより強調していた。

 この小書の舞台から感じられるのは、ツレ重衡の高貴さとシテ千手前の可憐さ、愛らしさであった。

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