好きな曲ベスト5 1999年3月1日

能との出会い’97」に”好きな曲ベスト5”というコーナーがあります。
そのコーナーへの投稿です。
皆さんも自分の好きな曲を選んでどんどん投稿しましょう。


 好きな能ということですが、若干趣を変えてこれまで見たうちで印象に残っている舞台を選んでみたいと思います。能管を習っている関係で囃子事で印象に残っている舞台が多くなります。
 以下は記憶のみに頼って書いていますので間違いもあるかもしれません。ご容赦願います。(文中敬称略)

羽衣

 最も好きということでは羽衣が一番になります。天女と漁師白竜のやり取りも好きですし、羽衣を返してもらった天女が見せる舞も好きです。そして徐々に天に舞上がり霞に紛れて消えていくさまは、春ののどかな情景の中で繰り広げられた物語の結末としてふさわしいものと思っています。目の前で繰り広げられる舞台が、情景として現れる非常にビジュアルな能だと思っています。
 とはいっても、能舞台で見た羽衣は2度だけです。そのうちの一回が平泉中尊寺白山神社能舞台で見た羽衣霞留です。
 この能舞台は中尊寺金色堂からさらに奥に入った白山神社の脇にあります。杉木立に囲まれた静かな雰囲気の中に建っています。ここでは喜多流の能を年に2回ほど見ることができました。
 羽衣霞留を見たのは昭和56年5月頃だったと思います。霞留はキリの”霞に紛れて失せにけり”と終わるところを”霞に紛れて”で謡がきれ、後は囃子のみで奏されます(囃子の残り留の形になります)。本来謡がある部分で消えてしまうという演出の効果は、余韻なのかそれとも早く天に帰りたいという天女の気持ちを表現したものなのか。来るかな来るかなとはやるような興奮を覚えた記憶があります。序の舞は二段、最後は破の舞いの位でしょうか。破の舞はなく、キリに太鼓の流しが入りました。
 同じ日に竹生島女体も見ました。後シテが弁才天で楽を舞います。楽の澄んだ音色が耳に残っています(笛 藤田朝太郎)。

西行桜

 観世寿夫の能を見た唯一の舞台です。唯一の舞台というのが印象に残っています。昭和53年4月、観世能楽堂。
 作り物から出たシテの面が目に焼きついています。
 序の舞の初段オロシに替えの手が入り、キリには太鼓の流しが入りました。
太鼓 金春惣右衛門、大鼓 安福春雄、小鼓 幸円次郎?、笛 藤田大五郎。

井筒

 「筒井筒井づつにかけしまろがたけ生ひにけらしな妹見ざる間に」
 「くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずして誰かあぐべき」
 伊勢物語でも最も知られた和歌をモチーフにした女の男に対する恋慕の情を美しく謡い上げた能だと思います。
 私はこの能をTVの放映で見たのみで舞台で見たことはありません。
 が、昭和57年9月に新潟で開かれた私の師匠の笛の会(発表会)で見た舞囃子が忘れられません(シテ 本間英孝)。
 舞台はホテルの大広間のステージでしたが、そんなことなどお構いなしに古寺のさまが出現したようでした。それ以来井筒を能舞台で見てみたいと思いながら未だ果たしていません。

巻絹

 昭和55年頃。石川県立能楽堂(金沢)。
 熊野へ絹を届ける男が、決められた時刻に遅れて到着します。男は縄を打たれなぜ遅れたかと責められます。男は道中の社で神に和歌を奉納したためと答えます。捕らえた役人はこのような卑しい身分の者が和歌など作るはずがないと更に責めます。そこに巫女が現れ、先程男が奉納した和歌は神に納受された、男を解き放せと言います。役人がそれでも疑うので、男に上の句を言いなさい、私が下の句を続けますと言うと、男の上の句に続けて神しか知るはずのない下の句を巫女が続けます。役人は不思議に思いながらも男を解き放ちます。巫女は神がかりとなり舞を舞い、そして狂いの絶頂にあった巫女は狂いから覚め静かに去っていきます。
 私は、この舞台で能に開眼しました。人に神が宿り舞う様は、一種の清らかさを感じます。キリで”神はあがらせ給うといい捨つる”と謡が進み巫女の高揚が極まった直後、”声のうちより狂いさめて、また本性にぞなりにける”と謡が治まり人間に返った巫女が舞台を去る姿に静かな感動を覚えます。
 神楽は惣神楽、笛 藤田大五郎。

檀風

 この能は、ワキの能と言ってもいいでしょう。
 佐渡に囚人として捕らわれている父に一目会いたいと、都から息子が今熊野の阿闍梨(ワキ)に伴われて佐渡に渡ってきます。親子の再開を果たしますが、それは父が処刑される刑場でのことでした。その夜、息子は父を処刑した武士こそ敵であると阿闍梨の助太刀で武士を討ち果たします。港まで逃げた二人は頼んだ船に乗船を断られますが、阿闍梨が法力を尽くすと熊野権現(シテ)が出現し船を呼び戻し、無事逃げおおせたのです。
 主題は、親子の情愛でしょうか。その時代の親子の在り方が示されて、その時代の人々の共感を得るのでしょう。単なるあだ討ち談に終わらない重苦しい感じのする能でした。
 玄人が新管を吹いているのを初めて聞いた舞台でした(笛 片岡吉雄)。
 昭和54、55年頃、石川県立能楽堂(金沢)。

[ PREV ] [ HOME PAGE ] [ BACK ] [ NEXT ]