笛の音(1) 1998年7月4日

 梅雨に入り蒸し暑い日が続くことがあります。こういった時期から笛の稽古に行くときに注意することがあります。
 電車に乗るとまず冷房の噴き出し口を確認します。何故かというと笛を入れたバッグに冷房の空気が当たらない場所に立つためです。能の笛は竹でできていて湿度に敏感な楽器です。笛は乾燥すると息を吹き込んでも音がかすれてしまいきれいな音色が出なくなります。冷房の空気で笛が乾燥するのを避けなければなりません。
 これまでに一度だけ舞台の上で笛が乾燥して鳴らなくなったことがあります。冬に催された会での話です。舞台は大広間のステージで、笛を吹くのに座る位置のすぐ後ろに暖房装置がありました。背中から暖気が吹き出していて直接笛にも当たるような状況でした。男舞の途中から笛の音がかすれ始めました。息継ぎをしてすぐは少し音が出るのですが、中頃からかすれてほとんど音が出ないという状態で非常に情けない思いをしながら吹いた記憶があります。笛を暖気で乾燥させたことは、笛にかなりの悪影響を与えたようで、この後しばらく笛の調子が悪い(音がかすれる)状態が続きました。
 こういう経験があるものですから、笛に直接乾燥した空気が当たることには注意を払うようになりました。身の周りでは、クーラー、扇風機、ストーブの温風に気をつけています。
 それでは、笛がよく鳴る状態を維持するにはどうすればよいのでしょうか。笛に適度な湿り気を与えればよいわけです。以前は、稽古や本番の前に笛の音がよく出るよう水道の水で笛を濡らすことをよくやっていました。湿り気を与えることで音がよく出るような気がしました。稽古のとき笛が鳴らないときなど先生から、笛を濡らしてくるようにいわれたこともあります。しかし、この方法だとその場の音はよく鳴るのですが、笛の音の調子を押さえることが難しいように感じます。音がはっきり出過ぎて微妙な柔らかな音を出しにくいように感じます。
 私がたどり着いた方法は、笛を吹く自分の息で湿らせるのが、笛の音の調子を一番よい状態に維持できるのではということです。つまり、稽古によって笛の湿り具合を維持するという、しごく当然の結論を得たわけです。
 普段は、週末に稽古しているだけなのですが、本番の1週間前くらいからは、毎日吹いています。帰宅後になりますから近所のことも考えてごく短い時間、せいぜい10分から20分くらいですが、毎日吹くことで笛の状態を維持でき、本番の日も同じ調子の音を出すことができます。
 竹という天然の素材から作られ、日本の気候風土に合うように工夫がなされてきた楽器であること、そしてその音を維持することがそれを奏する人間に委ねられているということを実感しています。
 それにしても、笛1本の音を外部環境から守る必要があるとは、日頃の暮らしが便利になった分考えさせられることです。

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